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東京高等裁判所 昭和36年(う)767号 判決

控訴人 被告人 秋元馨

弁護人 小野正広

検察官 寺尾樸栄

主文

原判決を破棄する。

本件を東京簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小野正広提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

ところで、職権により本件記録を精査するに、本件起訴状の記載によると、公訴事実として「被告人は昭和印刷株式会社代表取締役で、東京都新宿区若松町五二番地所在の同社印刷工場を管理していた者であるが、同印刷工場の一部が建築基準法に違反する建築物であるとして、昭和三三年四月八日東京都知事安井誠一郎から、同法第九条第一項に基き、同年四月三〇日までに当該違反建築物の変更と除却をすることを命令されたのに拘わらず、同日までに同所において右同法違反建築物の変更と除却をなさず、以て東京都知事の前記命令に違反したのである。」旨の記載と、罰条として建築基準法第九八条第九条第一項が記載せられている。ところで、建築基準法第九条第一項によると、「特定行政庁は、この法律又はこれに基く命令若しくは条例の規定に違反した建築物又は建築物の敷地については、当該建築物の建築主等に対して、当該工事の施工の停止を命じ、又は、相当の猶予期限をつけて、当該建築物の除却等これらの規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる。」旨規定しているから、同条による命令に違反することによつて成立する同法第九八条の罪の公訴事実の記載としては、単に抽象的に同法第九条第一項に基く建築物の変更、除却等の命令に違反するとの記載を以ては足らず、建築物の如何なる部分が、同法又は同法に基く命令、若しくは条例の如何なる規定に違反し、その是正のため如何なる措置をとるべきことを命じたかにつき、特定行政庁の命令の内容を具体的に記載し、以てこれに違反した行為の内容を具体的に認識することの可能な程度に訴因を明確ならしめることを要するものと言わなければならない。しかるに、本件起訴状の記載によつては、右特定行政庁たる東京都知事の命令の内容が抽象的であつて、本件建築物の如何なる部分が建築基準法等の如何なる規定に違反し、その是正のため本件建築物の如何なる部分につき具体的に如何なる措置をとるべきことを命じたかが明確でなく、従つて右命令に違反したというだけでは、当該の命令に違反した行為の内容が明らかでない。よつて原審は須らく、この点につき検察官の釈明を求め、訴因が特定した場合に初めて、被告事件の実体につき審判すべきであるに拘らず、ことここに出でないで、漫然本件被告事件について審理を遂げ、建築基準法第九八条第九条第一項に該当する罪の罪となるべき事実として起訴状記載の公訴事実と同趣旨の事実を認定していること本件記録及び原判決によつて明らかである。然らば原審の訴訟手続には審理不尽の違法があり、その結果原判決の罪となるべき事実の判示をもつてしては、本件起訴状記載の公訴事実につき説示したところと同様、本件建築物たる東京都新宿区若松町五二番地所在の昭和印刷株式会社の印刷工場の如何なる部分が建築基準法又は同法に基く命令若しくは条例の如何なる規定に違反し、その是正のため東京都知事が被告人に対し本件建築物の如何なる部分の除却と変更を命じたかが明らかでなく、従つてこの命令に違反した被告人の行為の内容を具体的に認識し得ないのであつて、畢竟原判決の右の判示は建築基準法第九八条、第九条第一項に該当する事実の判示としては理由不備の違法があるものというべく、この点において原判決は破棄を免れない。よつて弁護人の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三七八条第四号、第四〇〇条本文に則り、原判決を破棄した上本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 目黒太郎)

弁護人小野正広の控訴趣意

一、本件は被告人の所有であつた新宿区若松町五二番地所在工場が(1) 延面積五〇〇平方米を超過している(2) 工場の一物が道路に突出している(3) 作業所の床面積の合計が制限を超えている(4) 建蔽率七割の制限を超えているとして東京都が昭和三十三年四月一日建築基準法第六条に依り除却変更命令を発し次いで同年十一月六日告発するに至つたものであるが右建物が建築基準法に違反する最も大なる点は延面積が五〇〇平方米を超過していることで前記(3) の違反は些細なものであり同(2) (4) の違反は全くなかつたものである。而も延面積が五〇〇平方米を超過することについては告発前昭和三十三年十月三日第一印刷工場と第二印刷工場との連絡階段及び廊下を取毀して是正しているのである。(滝沢義造の証明書に依り明かである。)東京都は右是正の事実を確めずに告発手続に及んだものである。

二、本件建物は昭和二十五年七月頃同番地に居住する被告人の義兄手塚栄一が建築し其後昭和二十九年十月頃東京都に確認申請をして許可を受け一部増築したものであるが東京都は建築基準法施行前の建物並に確認申請に基き許可したものに対して除却変更を命じている。

三、被告人は除却変更について困難な事情があつたが是正措置命令に従い是正措置を講じて来たのであるから告発を以て臨むべきではない。

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